朝から決めていた一軒
実は、今朝ヴッチリア市場を歩いた時点で、ランチに入る店はすでに決めてあった。
レストランが並ぶ路地の途中にある、オステリア・カサレッチェ。

開店前から外に出されていたメニュー看板。そこに載っていた「ウニのパスタ」に、一目で心を奪われた。
理由は単純だ。この場所で、この市場の空気の中で出されるウニのパスタが、どんな味なのか知りたくなった。
前菜で分かる「間違いなさ」

案内のスタッフに声をかけ、テーブルに着く。
前菜には
・赤エビのマリネ
・シチリアの郷土料理、ベッカフィーコ
そしてメインに、迷わずウニのパスタを注文した。
赤エビは、ガイドブックで覚えたイタリア語「ガンベロ・ロッソ」で頼んでみると、ウェイターが少し驚いたような、嬉しそうな表情を見せた。
ウニのパスタを注文したときも、一瞬「おっ」という顔をしたのが印象に残っている。
どうやら、店にとっても自慢の一皿らしい。
シチリア味の正体
まず運ばれてきたのは、赤エビのマリネ。

味付けは、塩、レモン、オリーブオイルのみ。
余計なことは一切していない。
程よく締まった赤エビは、ねっとりとした食感で、噛むほどに旨みが広がる。
素材の良さが、そのまま伝わってくる一皿だ。
続いて、ベッカフィーコ。

松の実、レーズン、パン粉などのフィリングをイワシで巻いて揚げた料理で、餌をついばむベッカフィーコという鳥に形が似ていることからこの名が付いたという。
ひと口食べて、すぐに思い出した。
昨日食べた、イワシのパスタと同じ方向性の味だ。
甘み、酸味、香ばしさ。これが「シチリア味」なのだと、ようやく腑に落ちた。
このウニだから成立する一皿
そして、メインのウニのパスタ。

ひと口食べた瞬間、日本のウニとの違いに驚かされる。
日本のウニが持つ、甘みとほのかな苦味の繊細さとはまったく別物だ。
こちらは、魚卵特有の旨みが、ストレートにガツンとくる。
味付けは驚くほどシンプルで、おそらくニンニクオイル、ウニ、パスタの茹で汁を乳化させただけのソースだろう。クリームもトマトも、一切使われていない。
なるほど。
このウニだからこそ、このレシピが成立する。
これもまた、「ここでしか成立しない味」だった。
正直なところ、これは日本で再現してみようとも思わなかった(笑)再現できるはずがない。
イワシのパスタと並ぶ、シチリアの郷土パスタ「メランザーネ」(ナスとトマトのパスタ)は、いかにも南イタリアらしい、予想通りの味だった。
パルミジャーノやペコリーノのすりおろしではなく、リコッタのシュレッドチーズなのがこの土地ならではだ。

ひとつだけ付け加えるなら、料理は本当に美味しいが、提供まではかなり気長に待つ必要がある。
急いでいる人には向かないが、時間に余裕のある旅なら、この市場の空気ごと味わえる。
会計をお願いしてからもしばらく待たされ、ウェイターと目が合った瞬間、「あっ」という顔と人懐こい苦笑い。
その表情を見たら、もう全部許してしまえる。
2日目のディナー
2日目の夕食も、新市街へ向かう。
マッシモ劇場の近く、昨日訪れたトラットリア・ジア・アンナの一本隣の通りにあるリストランテ・ダ・バッコを選んだ。
これまでと同じく小路地沿いのテーブル席だが、こか少しだけ、空気が上品だ。


丁寧で、洗練された料理
前菜盛り合わせと、カジキのグリル。
本当はクスクスも食べたかったが、この日はメニューに無かったため、リゾット・ペスカトーラを注文した。
前菜盛り合わせは、
・黒オリーブ、カポナータ、
・オニオングラッセのトースト、チーズ、
・メランザーネ(ナスのチーズ焼き)。

オニオントーストにはオレガノが振られ、一気に地中海らしい香りが広がる。
チーズは、おそらくリコッタ・サラータ。個人的には、すりおろして料理に使う方が好みだ。
印象的だったのは、カポナータ。トマトを使わず、ビネガーとセロリが効いた味付けで、これまで出会ったことのない美味しさだった。
きれいすぎるシチリア
リゾット・ペスカトーラは、サフランとトマトで硬めに炊き上げられ、ムール貝、アサリ、イカが入っている。

きちんと美味しい。
だが、特筆すべき点はない。
カジキのグリルは、チェリートマトのソースと合わせられており、付け合わせのオレンジがいかにもシチリアらしい。
脂の乗ったカジキを、トマトの酸味がうまく洗い流し、良いところだけが残る。「地中海風」と聞いて想像する、まさにど真ん中のあの味だ。

どれも、間違いなく美味しい。
……ただ、
何かが足りない。
自分が求めていたもの
そう、上品すぎるのだ。
きれいで、整っていて、洗練されている。
だが、自分がこの旅で求めていたのは、もう少し素朴で、「よそ行きではない」シチリアの日常の味だった。
それを、今日一日で食べ歩いてきたからこそ、はっきりと自覚したのだと思う。
食を通して、自分がこの土地に何を求めているのか。デザートのシチリア伝統菓子カッサーノをつつきながら考えていた。


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